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感情はたまに動かさないと、固まって動かんくなってしまうから気をつけようという話

   

昼寝をしてたら高校の卒業式の夢を見ました。昔を思い出して、ものすごい感慨深いというか、あの泣ける感情、伝わると思います。あえて流行りの言い方をするならエモい気持ちになってました。

で、寝起きの頭で合唱曲を聞いていたら(合唱は中学校なんですが、寝起きなんでごっちゃになってます)、当時の中学校も高校も、教室の風景とか、みんなではしゃいでたのとか、集団生活の面倒臭さや、だけど、組織から離れた今思うとそれもちょっと良いなあ。なんて思うあの感覚が音楽を通じて鮮明に映像化されて蘇ってきてました。

つまり言いたい事は、昔を思い出して感情が高まってた訳で。皆さんもこういう事、一度や二度はあると思います。

そして、そこでタイトルに結びつきます。

寝起きの僕は鮮明に蘇った思い出で「うっわ泣きそう」となって、実際泣く2歩手前くらいまで行ったんですよ。でもその瞬間なぜかブレーキが働いちゃって。

というのも結局、泣く、っていうのも感情がぶんぶん振り回されて疲れるじゃないですか。で、それを避けてしまった、あろうことか感情が振り回される、動くのを面倒くさがってしまって、泣くのを意識的にやめた。
そこでハッと、あかんこれはダメだわと。

感情を動かすことをめんどくさがってしまったらそれはもう、生きてて何も楽しくないだろと、動きがあるからこそ楽しいんじゃないかと思う訳で。

作り物ではない現実に起きた事での悲しい気持ちは塞いじゃうのもわかるけど、とにかく今の僕はこの、大事な感情の動きをめんどくさがって無理やり止めやがったわけですよ。信じられない。そりゃ言葉も乱暴になっちゃう。

だから、感情の動きやすさとかフットワークの軽さ的な見方で言えば、今の僕はこのままだと仏頂面で、何をしても無反応、平面の顔をした人間になってしまう可能性が無きにしも非ずなんですよ。割と瀬戸際なのか?それは避けたい。

ということで、車と一緒で、たまには感情も思いっきり動かして振り回してやらないと固まって動かなくなる→刺激に鈍い、楽しさとか幸せとかが半減しちゃう人生になってもったいないから気をつけよう。と思った話でした。

おしまい!

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